SSブログ

陰翳礼讃 [本のこと]

谷崎潤一郎先生の作品を読むのは初めてでした。

「陰翳礼讃」。

「いんえいらいさん」と読む、というのも初めて知りました(苦笑)。
この文字の雰囲気に惹かれてページをめくってみると、文章と共に
和の情緒あふれる素敵な写真が掲載されていました。



内容は、文字通り陰翳すなわち薄暗さを好む日本人の美的感覚について、
衣食住そして日本人の皮膚など、あらゆる角度から述べている随筆。

先生曰く、日本の近代化が進むにつれ生活様式にも変化が表れ、それを
これまでの暮らし方にあてはめようとすると、いささか不釣り合いなものに
なってしまうとのこと。

例えばトイレ。
京都や奈良の寺院にあるような昔風の薄暗い、なおかつ母屋から離れており
青葉や苔の匂いがしてくるような植え込みの蔭にある、掃除の行き届いた厠は
精神が休まるようにできているという。

ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽りつつ、窓外の庭の景色を
眺める気持ちは何とも言えず、漱石先生もそのような厠で毎朝用を足すのを
楽しみにしていたのだとか。

また、西洋では食器などをピカピカに研くが、われわれ日本人は長い年月の
間に人の手が触れて、手垢や油煙や風雨の汚れがついたもの、あるいは
それを思い出させるような色合いや光沢が残った建物・器などに心が和らぐ
ということです。

ここで、谷崎先生。
こんなことをおっしゃっております。

病院の壁の色や手術服や医療機械なんかも、日本人を相手にする以上、
ああピカピカするものや真っ白なものばかり並べないで、もう少し暗く、
柔かみを附けたらどうであろう。
もしあの壁が砂壁か何かで、日本座敷の畳の上に臥ながら治療を受ける
のであったら、患者の興奮が静まることは確かである。

なんとまあ斬新!
今まで病院といえば、清潔感のある空間であるべきという固定概念を
もっていたので、落ち着く空間にするという発想はありませんでした。
あまりに暗いのはいかがなものか?とも思いますが(苦笑)。

しかし本書を読んで、日本人が日本の風土や文化の中で育ててきた美意識が、
近代化に伴い西洋のものを追いかけていくことにより、失われつつあることに
気づかされました。

近代化による恩恵を受けているのは確かなのですが、お寺や古い建物を
訪れると、心が和むのは何故なのか。
意識はせずとも、脈々と受け継がれた日本人のDNAが、私の中にもある
ということなのでしょう、きっと。

最後に先生は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の
領域へでも呼び返してみたいと記しています。
他の作品は読んだことがないのですが、本作でも先生の繊細な描写により、
陰翳の世界観を感じることができました。

谷崎先生といえば「文豪」という感じで近寄りがたいイメージでしたが、
淡々とした文章の中にも人間味があふれていて、ほんの少し親近感が
わきました。

また、大川裕弘氏の美しい写真が、より一層作品の世界観を引き立たせて
いて、陰翳の美を堪能できる一冊となっています。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
生きていた…!緑酒 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。